事例報告

「不支給決定の理由」を付された不支給事例報告および「就労している場合の精神障害・知的障害の認定」

社会保険労務士 七尾由美子

I.      はじめに

平成31年4月11日大阪地裁判決(賃金と社会保障173810頁)を受けて「令和2年4月1日以降認定する事案から不利益処分等に対して理由付記文書を添付することとした」[1]と通知されたところであったが、今回初めて理由付記文書の添付された不支給決定を受けたので事例を報告する。併せて「就労している場合の精神障害・知的障害の認定」についてもいくつか事例を挙げて簡単に報告する。

II.    「決定の理由」を付された不支給決定の事例報告

1.        事例の概要

 平成29年6月に本人が障害年金請求行い不支給決定通知受けていたが、手続き委任を受け、令和1年8月に障害厚生年金認定日請求(請求傷病:うつ病)を行った事例である。その後令和23月に年金機構からの要請に基づきカルテコピー(初診日~認定日期間)を提出したが令和26月に不支給決定通知(障害認定日、請求日ともに)を受けたものである。

 

 

 2.        理由付記文書の内容 ※原文ママ

【障害認定基準】精神の障害の程度は、その原因、諸症状、治療及びその病状の経過、具体的な日常生活状況等より、総合的に認定するものとし、労働が著しい制限を受けるか又は労働に著しい制限を加えることを必要とする程度の障害を残すもの、及び労働が制限を受けるか又は労働に制限を加えることを必要とする程度の障害を有するものを3級に認定することとされています。

気分(感情)障害の3級に相当するものを一部例示すると、「気分、意欲・行動の障害及び思考障害の病相期があり、その病状は著しくないが、これが持続したり又は繰り返し、労働が制限を受けるもの 」です。

なお、神経症にあっては、その症状が長期間持続し、一見重症なものであっても、原則として、認定の対象となりません[2]。ただし、その臨床症状から判断して精神病の病態を示しているものについては、統合失調症又は気分(感情)障害に準じて取り扱うとされています。

【判断の根拠となった事実関係等】

あなたの障害の状態、日常生活状況等に関しては、主に以下の事項が認められます。

[障害認定日について]

・請求傷病名は「うつ病」であるが、平成27年6月~平成28年12月間の「傷病手当金受給期間証明書」における傷病名は「適応障害[3]」であり、神経症圏の傷病に当たること。

・提出されたカルテの写しより、精神病の病態を示していないこと。

[請求日について]

・「日常生活能力の程度」は「(4)精神障害を認め、日常生活における身のまわりのことも、多くの援助が必要である。」であり、「日常生活能力の判定」(程度の軽いほうから1~4の段階評価に置き換え、その平均を算出したもの)は3.0以上3.5未満であること。

・処方薬は、「サイレース、リボトリール、ソラナックス」のみであり、抗うつ剤の処方はされていないこと[4]

・現在の生活環境は「在宅」、同居者の有無は「無」であること[5]

・福祉サービスについては、「利用していない」こと。

【判断】

以上のことから総合的に判断すると、障害認定日におけるあなたの障害の状態は、精神病の病態を示しておらず、また、請求日におけるあなたの障害の程度は、労働が著しい制限を受けるか、若しくは労働に著しい制限を加えることを必要とする程度のもの、又は「傷病が治らないもの(症状が固定していないもの)」であって、労働が制限を受けるもの、若しくは労働に制限を加えることを必要とする程度のものとは認められませんので、1級、2級及び3級の障害の状態に該当しないと判断しました。

 

3.        理由付記文書の不合理性

理由付記として[障害認定日について][請求日について]、とそれぞれの判断の根拠を記載しているが、その根拠は以下の点で不合理である。

     診断書記載の傷病名は「うつ病」であるにもかかわらず、傷病手当金傷病名(「適応障害」)を理由に挙げていること

     例え適応障害であったとしても、提出済みカルテ(初診日から障害認定日までの期間分)において抗うつ剤が毎回処方されていたことが記載されているにもかかわらず、「提出されたカルテの写しより、精神病の病態を示していない」としていること

     「日常生活能力の程度」は「(4)」、「日常生活能力の判定」は3.0以上3.5未満、であれば等級判定ガイドライン[6]に基づけば2級相当となるにもかかわらず3級不該当と判断した理由を記載していないこと

     国が認定の拠り所としている障害認定基準には処方薬についての基準はない中、単に「抗うつ剤の処方がない」を理由に挙げていること

     「独居」であることについては、等級判定ガイドラインにおいて、「独居であっても、日常的に家族等の援助や福祉サービスを受けることによって生活できている場合(現に家族等の援助や福祉サービスを受けていなくても、その必要がある状態の場合も含む)は、それらの支援の状況(または必要性)を踏まえて、2級の可能性を検討する。」(下線筆者)とされているにもかかわらず、援助や福祉サービスの必要性の検討内容を記載していないこと

 

4.        今回の理由付記について

不合理な理由ではあるものの不支給理由が具体的に記載されていることからは審査請求、再審査請求を行うにあたり反論を組み立て易くなった。障害認定基準に片鱗も見られない傷病手当金傷病名、抗うつ剤の処方有無、という想定外の不支給理由に対しても事前対応可能となったことは評価できる。しかしながら今回の理由付記文書は単に事実を列挙するにとどまり処分理由に具体性がなく、大阪地裁判決の示した理由付記の水準[7]には至ってない。

「抗うつ剤の処方はされていない」「独居である」「福祉サービスの利用がない」という事実からどのような判断につなげたのか、障害認定基準にどのように適用したのか、事実と障害認定基準とのつながりは見えず、形式だけの理由付記となっており不十分であると言わざるを得ない。

 

5.         審査請求、再審査請求に向けての不支給理由の差し替え可能性

 一方、障害認定基準に則っていない不支給理由で不支給を主張していくことは不可能であろうから、審査請求、再審査請求においては別の理由を挙げてくると容易に推察できるところでもある。

III.  就労している場合の精神障害・知的障害の認定事例報告

不支給理由が明確でないということは適正な認定がなされているかの客観的な判断ができないということになる。障害認定基準においては「日常生活が著しい制限を受けるか又は日常生活に著しい制限を加えることを必要とする程度のもの」を2級、「労働が著しい制限を受けるか又は労働に著しい制限を加えることを必要とする程度のもの」を3級としている。また等級判定ガイドライン※前述注6においても等級の目安が表で明らかにされている。

しかしながら等級の目安では2級に該当しているにもかかわらずパート就労、休職中であったりすると3級と認定される場合があり、適正な認定かは疑念が残る。

以下にいくつかの事例を報告する。今回の事例にはないが福祉的就労(障害者雇用等)などをしている場合も3級と認定される場合がある。

1.        精神障害・知的障害の障害年金認定事例において請求時点における就労状況

以下①②いずれの事例も等級判定ガイドラインにおける等級の目安は2級に該当しているが、①は2級に認定され、②は2級を否定された事例である。

     2級に認定された事例(全て新規裁定請求)

 

請求

種別

傷病名

就労

雇用形態

勤続

年数

給与

千円

H29

厚生

双極性障害

週2日

一般

6か月

80

H30

厚生

統合失調症

休職中(正社員)

一般

35

220

H31

基礎

5(社保加入)

障害者雇用

6年

160

H31

基礎

5(社保加入)

障害者雇用

3年

170

H31

厚生

うつ病

週4日(週20H

障害者雇用

3カ月

120

H29

基礎

知的障害

5(社保加入)

障害者雇用

2

150

H31

基礎

5(社保加入)

障害者雇用

1年半

160

R1

基礎

5(社保加入)

障害者雇用

1年半

134

     2級を否定された事例(新規裁定請求および更新)

 

請求年

傷病名

就労・雇用形態

勤続

年数

給与

千円

認定

厚生

H30

双極性障害

※初回更新

週1日・一般

19カ月

50

3級

(級落ち)

再審査請求も棄却(令和21月)

棄却理由;診断書提出の3か月後に社保取得して就職したため

厚生

H30

うつ病

※新規裁定請求

休職中(正社員)

5日・一般

510カ月

240

認定日不支給(請求日2級)

独居(福祉サービスなし)認定日8か月後に復職

再審査請求にて認定日3級容認、2級は認められず。(請求日2級は維持、令和22月)

厚生

H31

双極性障害

※新規裁定請求

月2日・一般

1310カ月

20

3級

独居(福祉サービスあり)、1年半前より不定期パートに変更

2級を求めて再審査請求、令和27月公開審理終了

審理当日の保険者意見:福祉サービスを受けながらも独居維持、片道1時間半かけて駐車場見回り業務を月に2日行っていることから日常生活に著しい制限を受けるとは認められない。

2.        2級認定事例①、2級否定事例②の認否判断について

  事例①においては、週2日のパート就労、休職中の正社員、週5日の社保加入パート就労(障害者雇用)であっても2級に認定されているところ、事例②においては、週1日のパート就労、休職中の正社員、月2日のパート就労、の状況で2級が否定されている。

    また処分に対しての理由付記はなく、その後の審査請求、再審査請求における保険者意見書においても事実の列挙にとどまり明確な理由は示されない(公開審理当日、具体的に示されることもある)。なぜ2級が否定されたか、請求側で理由を推測して不服申し立てを進めていく状況にもかかわらず、その認否判断に統一性が見えないのでは不服申し立ては闇の中に陥っていく。

Ⅳ.理由付記への期待        

 理由付記は今回の事例Ⅱ.のような形式だけのものでなく、恣意を抑制し不服申し立てに便宜を与える趣旨に立ち、大阪地裁判決の求めた水準を満たすものとなるべきである。それには例えば、「抗うつ剤の処方がない」事実であれば「処方薬が必要なく、障害の病状欄の抑うつ状態項目へのチェックもなく、病状の程度欄にも具体的な記載がないことから(今回の事例では全て記載されているが)、労働に著しい制限があるとは考えられず障害の程度は軽いと判断した」など3級否定処分への具体的根拠を示すべきである。適切な理由付記により認定ミスに抑止力が働くとともに一定程度判断基準が統一されていき、認定医にとっても当否判断の際に有用となるはずである。

一方、適切な理由付記を積み上げていくことで障害認定基準の抽象性も浮き彫りとなり、基準の課題が具体的に表面化されていくと考える。       

以上



[1] 令和2年122日付厚労省年金局事業管理課給付事業室「障害年金の不利益処分に係る理由記載の充実について」

[2] (筆者注記)国民年金・厚生年金保険障害認定基準第8節「精神の障害」に記載されており、「神経症は障害年金認定対象外」ということが国の方針となっている。

[3] (筆者注記)適応障害はICD-10(国際疾病分類)によれば神経症性障害、ストレス関連障害および身体表現性障害に分類されており障害年金認定対象外としている神経症圏に区分される。

[4] (筆者注記)参考までに抗うつ剤は、たまたま請求日前2か月間のみ残薬があるという理由で処方されていなかっただけであり、請求日診断書現症日の2週間後には処方が再開されている。

[5] (筆者注記)生活環境には「入院・入所・在宅・その他」の4区分があり、「在宅」かつ「同居者無」の場合は「独居」を指すことになる。(後述する)

[6] 精神障害及び知的障害の認定の地域差の改善に向けて対応するため、『国民年金・厚生年金保険 精神の障害に係る等級判定ガイドライン』が策定され平成28年9月1日から実施されている。参照;厚生労働省URL https://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-12512000-Nenkinkyoku-Jigyoukanrika/0000130045.pdf

[7] 平成31年4月11日大阪地裁判決(賃金と社会保障173810頁)は処分に係る行政手続法8条1項本文の定める理由提示義務について「いかなる事実関係に基づきどのように障害認定基準を適用して当該処分がされたのかを、当該処分の相手方においてその理由の提示の内容自体から了知し得るもの」との求められる水準を示した。