Ⅱ章-1 障害年金改革の基本課題―権利条約の視点から
河野正輝
目次
(1) 社会保険方式を維持しつつ保険料免除の改革を通して無年金者の解消を図る手法
1)社会保険方式を採る現行制度の下で、障害基礎年金を事実上の無拠出年金へ転換する手法
2)基礎年金を社会保険法体系から外して無拠出年金として再設計する手法
(3)報酬比例制の厚生年金保険(2階部分)は社会保険方式を前提としつつ、すべての障害者の強制加入と拠出支援制度を新たに導入する手法
5 個人予算とダイレクトペイメントの方式―諸外国における手法
障害者権利条約の批准(2014年)に伴い、障害者基本法における障害者の定義規定が改正され、障害者とは「障害及び社会的障壁により継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける状態にあるもの」(障害基2条1号)として明文化された。障害者に背負わされる生きづらさ、社会参加の制限が障害者個人の機能障害ではなく「障害及び社会的障壁による」と法定された意義はどんなに強調しても強調し過ぎることはない。
批准により我が国も締約国として同条約を誠実に順守する義務を負う。その義務は障害者基本法の改正と障害者差別解消法の制定等で片付いたわけではなく、すべての障害者関係法の改正が求められることとなった。
具体的には、2022年9月の障害者権利委員会による総括所見で改善を要する点が詳細に指摘され、医学モデルに基づく現行の障害年金法制も、同条約の人権モデルの視点から改善するよう勧告された。障害年金改革の基本課題とは、まさしく障害者権利条約(人権モデル)の視点から改革を図ることに他ならない。実は、先行するイギリス、ドイツ等でも同旨の勧告を受けており、各国の勧告の内容や程度に違いはあるものの、人権モデルに則した改革が広く国際的な要請となっていると言っても過言ではない。
小論では、障害法専門外の方々をも念頭において、あらためて人権モデルに至るまでの障害の捉え方の発展(医学モデル、社会モデルと人権モデル)を概観して、そこから2025年およびそれ以降に予定されている障害年金改革の基本課題とは何かを考えることとしたい。
医学モデルの特徴は、様々な文献で取り上げられ論じられているが、ここでは前障害者権利委員会委員長のテレジア・デゲナー(Theresia Degener)による説明が簡明で分かりやすいので引用することとしよう。
「障害(disability)の医学モデルとは、障害(disability)を治療、矯正、修復または少なくともリハビリテーションを必要とする機能障害であるとみなす考え方であって、障害者権利条約が克服しようとする考え方である。医学モデルによれば、障害は普通の健康な状態から逸脱したものとされ、障害のある人が社会から排除されるのは個人の問題であり、社会から排除される理由は機能障害のなかに見出されることになる。医学モデルの下では、障害は援護と医学の領域に委ねられる。すなわち医師、看護師、特殊教育の教員およびリハビリテーションの専門職が独占する領域である。障害の社会モデルを提唱した一人であるマイケル・オリバー(Michael Oliver)は、このことを個人主義と医療主義を通じた障害のイデオロギー的構築…と称した。」[1]
このような「医学モデルは、人権にとって危険なインパクトを持つ2つの仮説に基づいている」[2]という。2つの仮説とは、①障害者とは庇護と福祉を必要とする者である、②法的能力とは機能障害しだいで否定され得るものである、という仮説である。そして、第1の仮説は障害児者の特殊学校、入所施設あるいは保護作業所のような隔離された施設を正当化してきたものであり、第2の仮説は精神衛生および障害者を法的無能力として取り扱う法(後見法)を生み出してきたものであるとT.デゲナーは指摘する。
一方、障害の社会モデルの特徴については、T.デゲナーは結論的に次の点を確認する。
すなわち、社会モデルでは「障害は差別と抑圧を通じて社会的に構築されるものとして説明」され、「その焦点は個人にではなく社会に当てられる。障害は人間の連続する多様性の中のほんの1つの差異にすぎないと見なされる。社会モデルは機能障害(impairment)と障害(disability)を区別する。前者は体と心の状態に関するものであるのに対し、後者はその機能障害に対する環境と社会の反応の結果である。障害者が社会から排除されるのは政治的には障壁と差別の結果として分析される。」[3]
ここでは、社会的障壁を形成するものについて具体的に言及されておらず、機能障害と社会的障壁との相互作用にも触れられていないので、少し補足しておきたい。
障害者の社会参加を制限する社会的な構造を、筆者は先行研究に依拠しつつ、次のように説明してきた。
「『従属的劣位としての障害(者)』が形成されてきたのは、偏見(prejudice)、固定観念(stereotype)および社会に広く蔓延する無視・放置(neglect)を通して、社会の態度や慣行が、システム化された不利益を特定の機能障害に負わせてきたからである。そうすることによって、社会が障害のある人々(people with disabilities)という従属的劣位の階層(subordinated class)を、特定の見分けのつく階層として作り出してきたのである。偏見、固定観念、無視・放置という3つの要因はそれぞれ異なる性格・内容のものであるが、憎悪・悪意と結びつきやすい偏見と、情報不足や無知と関わりのある固定観念という2つの要因に加えて、社会的な制度等を設計するに当たり規範的標準から外れる障害者を無視・放置してきた長い歴史的要因が重なって、従属的な階層としての地位が形成されてきたと考えられる。」[4]
以上の趣旨を集約して、社会的障壁の法律上の定義は、「障害がある者にとって日常生活又は社会生活を営む上で障壁となるような社会における事物、制度、慣行、観念その他一切のものをいう。」(障害基2条2号)と表現されているわけである。
T.デゲナーによれば、国連の障害者権利条約の採択とともに新たに現れたモデルが「障害の人権モデル」であるという。つまり、条約起草の交渉の過程を通じて、社会モデルが有力な理論であったことを認めつつ、採択された権利条約は社会モデルを超えて、障害の人権モデルを法典化したと捉える[5]。
そして次の通り結論する。「私の意図は社会モデルを廃棄することではなく、それをさらに発展させることである。障害の社会モデルは障害者権利条約の交渉の過程において最も成功した見解であった。」しかし「他の多くの人権プロジェクトと同様に、総会における採択によってひとたびこの世界に移植された障害者権利条約はそれ自身の生命を獲得したのである。」そのインパクトは人権モニタリング、国際協力、アクセシビリティおよび法的能力、あるいはインクルーシヴ教育といった多くの領域で重大なものとなっている。かくして「障害者権利条約は障害の人権モデルの成文化なのである。(障害者の権利に関する)委員会は、その総括所見[6]において、障害の人権モデルという用語を受け入れた。」[7]
その後、障害者の権利に関する委員会は、平等と非差別に関する一般意見第6号(2018年)を発出したさいに、「障害の人権モデル(the human rights model of disability)」の視点を次の通り表現した。すなわち
「障害の人権モデルは、障害が社会的構築物であること、機能障害が人権を否定しまたは制限する適法な根拠と解されてはならないことを認める。それ(人権モデル)は、障害がいくつかの層からなるアイデンティティの一つであることを認識する。このことから、障害法および障害者政策は障害のある人の多様性を考慮に入れるものでなければならない。それ(人権モデル)はまた、人権が相互に依存し、相互に関連を有することおよび不可分のものであることを承認する。」[8]
ここで「障害が社会的構築物であること、機能障害が人権を否定しまたは制限する適法な根拠と解されてはならないこと」をまず初めに認めているから、人権モデルは社会モデルを基礎とする、あるいは前提とする概念であることが分かるであろう。人権モデルとは、社会モデルに依拠して障害者の人権とは何かを説明するモデルに他ならない。
ただし、障害者権利条約において成文化された権利条項が、障害者の人権の完結した最終的な表現であるとは必ずしも限らない。したがって、今後の障害者運動の発展によって、何か新たな障害者の主張が登場して、その正当性の有無が問われ、その理論的根拠が解明されるときには、やはり社会モデルの考え方に立ち戻ってこれを解明することが必要かつ有効となる場合があるかもしれない。社会モデルと人権モデルはそのような関係でもあるとも言えるであろう[9]。
では、障害者権利委員会は人権モデルの視点から何を勧告したか。わが国に対する総括所見のうち障害年金に関連すると考えられるところを次に列挙する。
「A一般原則と義務(条約1-4条)」に関する「Ⅲ主な懸念事項と勧告」として、
「7 委員会は以下について懸念する。
(a) 障害者に対するパターナリスティックなアプローチのゆえに、障害関連の国内法および政策が、条約に含まれる障害の人権モデルとの調和を欠いていること
(b) より集中的な支援を必要とする人々、知的、心理社会的または感覚障害を有する人々を、障害手当および社会的包摂の制度から排除することを促進する、機能障害および能力評価に基づいた障害者の資格および認定の制度を含めて、法律、規則および実務にわたり障害の医学モデルが永続化していること」(以下、略)
「8 委員会は締約国に対し次のことを勧告する。
(a) 障害に関連するすべての国内法および政策を、すべての障害者を人権の主体として認める条約と調和させること、その際、障害のある人々とくに知的および心理社会的障害のある人々の代表組織との緊密な協議を確保することを含め、他の者との平等を基礎とする人権の主体として調和させること
(b) 障害の医学モデルの要素を除去するため、障害者の資格および認定の制度を含めて、法律および規則を見直し、障害のあるすべての人々が、機能障害に関わらず、社会において平等な機会および完全な社会的包摂と参加を得るために地域社会で必要な支援を受けることを確実にすること」(以下、略)
「B特定の権利(条約5-30条)」のうち、「適切な生活水準と社会的保護(条約28条)」については、
「59 委員会は以下について懸念する。
(a) 障害関連費用を賄うための給付を含めて社会的保護制度は、障害のある人およびその家族が適切な生活水準にアクセスすることを確保するに不十分であること
(b) 障害年金が市民の平均所得と比較して著しく低いこと」(以下、略)
「60 委員会は条約28条と持続可能な開発目標1.3との間の関連を考慮し、締約国に対し、次のことを勧告する。
(a) 障害者に適切な生活水準を保障し、とりわけ、より集中的な支援を必要とする人々に追加の障害関連費用を保障するために、社会的保護システムを強化すること
(b) 障害年金の額に関する規定を障害者団体と協議のうえ見直しすること」
(以下、略)
以上の勧告から改善すべき課題・論点は多岐にわたるが、当面する障害年金改革の課題を大別すると、第1は、医学モデルに基づく機能障害の認定基準と認定手続きゆえに、働けないにもかかわらず無年金となっている障害者を無くすために、人権モデル(社会モデル)の視点から障害認定基準を改革すること。第2は、社会保険制度としての設計上、障害基礎年金の水準が低いことに加えて、未加入または未納等から無年金・低年金の状態に取り残されることが多い障害者を念頭に、人権モデル(社会モデル)の視点から制度設計を見直すことであろう。
第1の障害認定基準の課題は別稿に譲ることとして、ここでは人権モデル(社会モデル)の視点から第2の制度設計にどのような見直しが考えられるかを探ることとしよう。以下はあくまで人権モデル(社会モデル)を意識した改革の多様な可能性・選択肢を探る試みであって、何か1つの具体的提言に集約し、結論づけることを企図するものではないことをお断りしておきたい。
そうした改革の可能性・選択肢をあらかじめ挙げるとすれば、①社会保険方式を維持しつつ保険料免除の改革を通して無年金者の解消を図る手法、②基礎年金について、社会保険方式から税方式への転換を通して無年金者の解消を図る手法、③報酬比例年金について、障害者に対する強制適用範囲の拡大、ならびに新たな拠出支援制度の導入により、すべての障害者が厚生年金保険から排除されないよう改革する手法、および④障害年金と個人予算方式との併用の手法などが考えられよう。
以下で、少し補足説明する。
社会保険原則に従えば、未加入や保険料の未納が、無年金となるのはやむを得ないこととなるかもしれない。しかしながら、現行の保険料免除の事由および免除対象者の範囲(所得限度額等)に、社会モデルの見地から検討を加えることによって、障害者の無年金問題の解消にある程度つなぐ手法は無いわけではない。この手法を検討するメリットとしては、①社会保険法の枠組みを持続しつつ無年金者の解消を図る可能性があること、②現行の保険料免除の法規定・省令のなかにすでに改善の手がかりが与えられていることである。
例えば申請免除の事由は、現行法(国年90条以下)では、低所得を事由とする条項として、①前年の所得が政令で定める額以下であるとき、②被保険者または被保険者の属する世帯の他の世帯員が生活保護法による生活扶助以外の扶助その他の援助であって省令で定めるものを受けるとき、および③地方税法に定める障害者、寡婦その他の同法の規定による市町村民税が課されない者として政令で定める者であって、前年の所得が政令で定める額以下であるとき等が定められ、そのほかに保険料の納付困難を事由とするものして、④保険料を納付することが著しく困難である場合として天災その他の省令で定める事由があるとき(国年90条1項4号等)との条項が置かれている(ちなみに省令では、失業による納付の困難、配偶者からの暴力その他これらに準ずる事由が定められている。施行規則77条の7)。
このように、「保険料を納付することが著しく困難な場合」を申請免除の事由とするのであれば、障害者が様々な社会的障壁によって納付困難に陥る場合も、障害者基本法の障害者の定義(社会モデル)に沿って「その他の省令で定める事由」の1つに加えることも検討されるべきであろう。
しかし、障害を申請免除の事由の1つに加えるだけの見直しでは、現在の障害に係る無年金状態の解消にはつながらない[10]。現行法の初診日要件に基づいて、不慮の事故や病気が発生してから申請を行っても障害基礎年金の受給要件に算入されないとされているからである[11]。
それでも、障害を申請免除の事由の1つに加えることによって、免除を受けた期間中の別の事故や疾病等で障害が発生した場合、障害基礎年金の受給資格期間への算入(障害基礎年金の受給権取得)や、老齢基礎年金の受給資格期間への算入と年金額への反映にはつながる。つまり現在の障害に係る無年金状態の解消には結びつかないが、将来の障害による無年金(および低年金)問題の改善にはつながるわけである。
障害基礎年金を受けるに必要な被保険者期間を算定するにあたっては、保険料納付済期間と保険料免除期間とを合算するとされている(国年30条1項)ところ、全額免除を除く3/4免除から1/4免除の期間であって、免除されない残りの1/4~3/4の部分(一部納付)が未納である期間は、上記の年金受給に必要な被保険者資格期間に算入しないとされている(国年5条4,5,6項)。この取扱いが障害者の無年金に結びつく事例が実際にどの程度存在するかは不明であるが、障害者の納付困難・一部納付の未納を招きやすい様々な社会的障壁の可能性を考慮すると、この取扱いにも見直しの余地があるかもしれない[12]。
もっとも、「相当な社会的障壁による一部納付の未納」の判断にあたって、ある程度定型的な基準をどのように設定するか、また判定に携わる機関をどう構成するか等に困難が予想される。そうすると障害者の場合、固有の事情による短期間の未納や、保険料免除・納付猶予の手続き自体が障害者にとって容易でないことによる未納など、すなわち社会的障壁によると考えられる未納であるのに、それを救済できない恐れが残ることになる。また一方では、「未納」であるにもかかわらず救済して年金給付を認めることに、モラル・ハザードを招くという言わば公平性の観念に関わる問題もないわけではない。
これらのことから、「相当な社会的障壁による未納」は、例外的な救済の対象として扱うべき性質の問題なのではなく、様々な社会的障壁により社会参加を制限されている障害者は、本来、納付義務者の範囲外にある者として考えるべきではないかという示唆が導き出される。そうすると、次の税方式への転換の手法がより重視されることになるであろう。
百瀬優が指摘するとおり、短期間の未納により一生涯無年金となる現行の取扱いはペナルティが重すぎる[13]。のみならず、現行の障害年金は、「実態としては無拠出給付の要素を強く有し、社会保険方式の原則から乖離する一方で、保険料未納による無年金を生みやすい構造にもなっている。」[14]
現行の社会保険年金制度の下では、社会的障壁に起因する未納か否かを問わず、未納はすべて障害者の拠出義務の不履行とみなされる。障害者個人の自己責任の問題なら、公的年金の制度的配慮から除外されることになるわけである。
しかし、障害者は「障害及び社会的障壁により継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける状態」(障害者権利条約前文(e)、1条、障害基2条1号)にある者である。社会的障壁による相当な制限の帰結は、年金制度においては、しばしば保険料の拠出困難、滞納、未納という形をとって現れるのである。こうした不利益な社会的実態の下において、年金保険制度自体が未納による無年金を生むというのは一種の差別的構造なのであり、このことを根本的に検討する必要があろう。
事実上の無拠出年金へ転換する1つの手法は、被保険者資格を取得した20歳後の障害について、初診日要件、保険料拠出要件を問わず障害基礎年金を支給することとする案である。しかしこの案は、社会保険法としての年金法体系のなかで、保険原理から逸脱したこの改正がそもそも成立可能かという疑問に応えなければならない。
見直しの一案としては、「障害基礎年金等の受給権者」ほかを法定免除事由とする規定(国年89条1項1~3号)に準じて、一定の障害がある者を法定免除の対象事由に加える案が考えられよう。
障害基礎年金の受給権者が法定免除とされるのは、すでに年金保険事故が発生している者であり、また保険料の拠出能力も無いに等しいと認められるからと考えられる。そうであれば、障害基礎年金受給者に限らず、一般に障害者は、機能障害と社会的障壁により継続的に日常生活または社会生活に相当な制限を受ける状態にある者であり、法はこのことを直視して、共生社会の実現と社会的障壁の除去を、国および地方公共団体の責務(障害基1条、3条、6条、障害者総合支援1条の2等)としたと解されるから、こうした基本理念の転換に基づいて、「一定の障害がある者」を法定免除の対象事由に加える案も検討の余地はあるであろう。
無拠出年金へ転換する第2の手法は、基礎年金を社会保険法体系から外す案である。これには障害基礎年金のみを外して無拠出年金とする案と、老齢基礎年金等も含めて基礎年金全体を再設計する案とが考えられる。
指摘されているとおり、所得格差の拡大のなか、非正規の不安定就労、ワーキングプア、就職氷河期に増加したひきこもり等による無年金・低年金問題の重大さを考慮するとき、老齢基礎年金を含め基礎年金(1階部分)をすべて税方式とする選択肢は検討に値する。後者の場合は、基礎年金法制全体(1階部分)を社会保険法体系から外すから、現行制度のうち報酬比例部分(2階部分)のみが社会保険法として継続することになる。
ただし、いずれにせよ無拠出制の基礎年金法制を新たに構築することが容易でない選択肢であることは言うまでもない。安定した財源の確保という問題のみならず、税方式に付きまとうデメリットの問題も無視することはできない[15]。
この手法は、障害者を納付義務者の範囲から除外したり、障害基礎年金を社会保険法の体系から外したりする上記案の考え方と、一見、矛盾しており、両立しないように思われるかもしれない。ただ、人権モデル(社会モデル)の視点から、社会的障壁を除去して他の者との平等を基礎として社会参加と包摂を進める手法としては、上記の基礎年金の税方式化に加えて、報酬比例年金への障害者の強制加入と新たな社会的拠出支援を制度化することも1つの手法として成り立たないわけではない。
この案は、障害者権利条約の一般原則(3条各号とりわけ、b)無差別、c)社会への完全かつ効果的な参加及び包摂、およびd)差異の尊重並びに人間の多様性の一部及び人類の一員としての障害者の受け入れ)に基づき、かつ同条約の批准に伴い改正された障害者基本法の目的(1条、共生社会の実現、障害者の自立及び社会参加の支援)に従って、厚生年金保険の障害者への適用拡大をめざすものである。
適用拡大の段階的な進め方としては、まず、2014年改正および2016年改正における①週20時間、②月額8.8万円、③勤務期間1年等の基準を見直して、障害者の非正規・短時間労働の就労実態に即した、より緩和された基準を設けるという手法があるかもしれない。 加えて、就労継続支援サービスA型、B型を利用する障害者、およびボランティア等の社会的活動に従事する障害者、さらに社会復帰をめざすリハビリ等に従事する障害者等についても、これらを言わば「社会的就労」に就いている者とみなして、厚生年金保険への強制加入の制度を新設するという抜本的な手法も考えられるかもしれない。これにより、たとえば軽度の知的障害・精神障害で就労困難な者の無年金・低年金問題についても解消をめざすことが考えられる。
上記の強制加入案に合わせて、非正規・短時間労働の障害者については、労使折半の保険料とするとともに、障害者負担分の一部または全部を公費により負担する新たな拠出支援制度を検討する必要がある。同様に、「社会的就労」とみなされるものに従事する障害者の保険料についても、その一部または全部を公費により負担する拠出支援制度を設けることを検討する必要がある。
最後に、先進諸国で用いられている手法を要点のみ紹介しておきたい。障害年金それ自体を改革する手法ではないが、障害年金と併せて、「個人予算とダイレクトペイメント」方式を導入することによって、障害者の自立と自律の最大化を図る手法である。具体的には、障害に起因する特別の費用を保障する社会手当(金銭給付)および障害者総合支援サービス(障害に起因する特別の費用保障に相当する現物給付)等の障害に係る費用保障を一本化して、個人予算とする手法である。イギリスでは、個人予算(Personal Budgets)は、支援を受ける資格があると認定された人に社会的なケアの予算を割り当てる前払いの金銭給付の方式と説明されている。個人予算方式を利用できる者は非施設サービス型のサービス利用者に限られる。ニーズ判定を受けた後に、地方当局によって、そのニーズを満たすために必要な金額の給付を受けることになる。そしてダイレクトペイメント(福祉サービスの現物給付に代わる金銭給付の直接払い)は個人予算を執行する方法の1つとして利用される。この個人予算とダイレクトペイメントのシステムを通じて、障害のある人々により強く、より多く、選択・コントロール・権限および自立を保障することを目指すものである。この政策転換は、自己管理型支援とも呼ばれる[16]。
個人予算方式はイギリスのみならず、フランス、ドイツ等のヨーロッパで、障害者の自立と自律を最大化する試みとして導入されている。ただ、個人予算とダイレクトペイメントの方式は、パーソナルアシスタント等のサービス基盤の諸条件が整ってはじめて効果を発揮する手法であることも踏まえておく必要がある。
[1] T. Degener,“Disability in a Human Rights Context”,(MDPI),2016,pp.2~3.〈www.Mdpi.com/journal/laws, accessed 6 Feb. 2018〉
[2] T. Degener, op. cit., p.3.
[3] T. Degener, op. cit., p.3.
[4] 河野正輝『障害法の基礎理論 新たな法理念への転換と構想』法律文化社、2020年、78~79頁。
[5] ただし、人権モデルという用語の初出は、T.デゲナーおよびジェラード・クイン(Gerard Quinn)が、障害者権利条約に先立って障害者法改革の国際比較を行い2002年に公刊した同条約の予備的研究においてであったとされる。河野、前掲書(注4)、117頁参照。
[6] アルゼンチンおよび中国の最初の報告に対する2012年の総括所見を指す。Concluding Observations on the initial report of Argentina as approved by the Committee at its eighth session(17-28 Sep. 2012), CRPD/C/ARG/CO/1, 8 Oct. 2012, para. 7~8.
Concluding Observations on the initial report of China, adopted by the Committee at its eighth session (17-28 Sep. 2012), CRPD/C/CHN/CO/1, 15 Oct. 2012, para. 9~10, 16, 54.
[7] T. Degener, op. cit., p.14.
[8] Committee on the Rights of Persons with Disabilities, General comment No.6 (2018) on equality and non-discrimination, para. 9.
[9] 川島聡「人権モデルと社会モデルー日本の条約義務履行への視座」賃金と社会保障、2023年1月上旬号、72頁以下参照。
[10] この点は障害年金法研究会における安部敬太の1500件に及ぶ障害年金代理請求の実務経験と教示に負っている。
[11] 初診日問題の分析については、本号(障害年金法ジャーナル3号)所収の小嶋愛斗「初診日と保険制度(無年金)の問題」を参照。
[12] ただし、制度改革前の既発の無年金者にこの見直しを遡及することは困難であって、別途独立の給付金を構想する必要があることについて、百瀬優『障害年金の制度設計』光生館、2010年、200頁参照。
[13] 百瀬優、前掲(注12)、202頁。
[14] 百瀬、同上。
[15] 障害基礎年金を税方式化した場合に考えられる財源問題の分析については、百瀬、上掲(注11)199頁参照。
[16] 詳細は、河野正輝、前掲(注4)、2章、11章とくに245頁以下参照。